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著者プロフィール

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著者名:シニアの道しるべ  ムー

幼い頃から車に親しみ、これまでに7台の個性豊かな車を乗り継いできた、生粋の車好きです。

「シニアドライブナビ」では、長年のカーライフで培った知識と情熱を注ぎ込み、シニア世代にとって本当に役立つ情報をお届けします。実用的なアドバイスはもちろんのこと、車の歴史や文化、そしてドライブの楽しさまで、幅広い視点からカーライフの魅力を深掘りします。

車を愛するすべての人と共に、豊かなカーライフを探求していきます。

当サイトの著者:Drive-Muu
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今まで所有していた車

24歳の頃に、ようやく自分の車を手に入れてから、7台乗り継いできました。新車から中古車まで様々です。今まで乗ってきた車です。

三菱 ミニカ 新車



トヨタ セリカ 1600GT 中古車


トヨタ タウンエース 新車


トヨタ レビン 1600GT スーパーチャージャー 中古車


BMW 325i 中古車


スバル レガシィB4 新車

スバル レガシィ B4 2008年
スバル レガシィ B4 2008年



スバル レヴォーグ 新車(現在)

スバル レヴォーグ 2017年
スバル レヴォーグ 2017年
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著者の運転歴

家の畑の中で農作物を運ぶために軽トラックを小学生4年生の頃から運転していました。普通の人より8年くらい運転経験が多いです。

昔は農作業の手伝いのためには、小学生の頃から畑で軽トラックを運転するのは当たり前でした。

当時の軽トラックは、マニュアルしかありませんでした。土や泥で滑りやすい畑のデコボコ道を走るためには、ヒールアンドトゥやローリングトゥの運転テクニックを使うしかありません。

つまり小学生の頃から、ラリードライバーと同じ運転テクニックを使うのは珍しくなかったのです。

1960年代は、私だけでなく周りの農家の友人たちも、小学生の頃から、手足のように車を操っていました。

もちろん18歳で正式に免許を取り、公道を走るようになると、誰にも負けないスピードで峠を攻めるようになるわけです。

私の場合は、長野県と群馬県の県境にある碓氷峠を走るのが大好きでした。他にも榛名山や赤城山、妙義山は数え切れないほど走っています。20代の頃は、家にいる時間より車に乗っている時間の方が多かったです。なにしろ「走る」のが好きでした。

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